写真展『長江 六千三百公里をゆく』を終えて

ギャラリー冬青での写真展『長江 六千三百公里をゆくvol.1.原風景』が終了いたしました。開催日の前日は今年一番の大雪が降り、寒い日が続きました。また、最後の週は東京でコロナ感染者が急増する中、お茶の一杯もお出しできない状況となりましたが、それにもかかわらず私の作品を見に足を運んでくださった皆様には心から感謝を申し上げます。

今回の写真展は、これまで20年以上にわたる写真活動の集大成であるとともに、新しい歩みを始める第一歩となりました。この場をお借りして、これまでの活動を振り返り、今後の抱負を記しておきたいと思います。

20代の頃、フランスの写真家アンリ・カルティエ・ブレッソン、そして今も精力的に活躍されている野町和嘉さんとの出会いは最も衝撃的なものでした。「決定的瞬間」という言葉を生んだブレッソンの幾何学的な構図と調和に満たされた作品はいつも私の心を魅了し、そしてサハラ、ナイル、チベットなど世界中の辺境地域を取材され、数多くの作品を発表されてきた野町さんの溢れる行動力に憧れを抱かずにいられませんでした。

アジア最長の河川「長江」をテーマに写真を撮り始めた理由は、私が師と仰ぐ哲学者・梅原猛先生、環境考古学者・安田喜憲先生からの思想的な影響が多分にありました。いわゆる京都学派と呼ばれる学問領域を開拓した先人たちがいて、その意志を継承するお二人に共通するのは、人間中心主義的な西洋近代文明をいかにして乗り越えていくかということだったと、私は理解しています。つまりは人類を破滅させる道ではなく、生き永らえさせることができる道を探求すること―、その学問的な探求活動の一環として1997年から「長江」流域で始まった学術調査に、まだ20代になって間もない私が記録カメラマンとして参加させて頂けたことは、ただただ幸運な出来事でした。

それから10年間、私は「長江」に憑りつかれ、「長江」に夢中になりました。

そのあいだに中国は急速な経済発展を続け、長江流域の開発はどんどんと進みました。そして2008年北京オリンピック、2009年三峡ダム完成、2010年上海万博と続くビッグイベントは、戦後の復興期から高度経済成長を経て一気にバブル経済へと突き進んでいったかつての日本のように、中国の良き時代の終焉と悲しい時代の始まりとして、私の目には映りました。残念なことに、梅原猛、安田喜憲両先生と共に旅した東洋文明を探求する旅も、中国を呑み込んで膨張し続けるグローバル資本主義に対してはあまりに無力でした。けれども、長江の畔で発見された東洋的な思想世界は、今、私たちが経験している悲しい時代の後に、再び見出されることになるのかもしれません。

私がフィルムカメラからデジタルカメラに完全に移行したのは2009年。それからあっという間に、誰もがスマホのカメラ機能で写真撮影を楽しむ時代が到来しました。思えば、私が「長江」を撮り続けた10年間は、フィルムカメラを駆使する写真家たちがこの世界の記録を担った最後の時代だったといえるのかもしれません。グラフメディアが終焉を迎え、あらゆる情報がサイバー空間を行き交うこれからの時代、私のような写真家に、いったいどのような役割、可能性がまだ残されているのでしょうか・・・そのような問いをここ10年ほどはずっと抱え続けてきました。

そうして迎えたコロナ禍中、突然にぽっかりと空いた空白の時間を使って、写真家としてやりたいこと、やらなければならないことに立ち戻り、全集中しました。そのひとつがこれまでの活動の集大成をまとめることであり、セレクトした写真を銀塩プリント作品として完成させることでした。それは今回の写真集の出版と写真展の開催によって、ある程度実現することができました。

もうひとつは、戦後から今日まで、様々なテーマで中国を撮影してきた写真家たちの作品をアーカイブとしてまとめることです。このたび、木村伊兵衛さんから始まり、現役で活躍される90代から40代まで7人の写真家さんたちのお力をお借りして、80ページ以上にわたる雑誌特集を企画し、私が編集を担当します。なぜ、今、この作業に取り組む必要があるのか・・・、余りに理由が多すぎて、今日ここには記すことができません。ただ、今回の写真集、写真展の活動をとっかかりにご協力をお願いしたすべての写真家さんから承諾を得られたことは、まことに有難い、幸運なことでした。刊行時期や特集の詳細につきましては、改めてご案内をさせていただきますが、とまれ、ひとつひとつの出会いに感謝しつつ、自分の使命だと思うことを丁寧に果たしていきたいと思った次第です。

最後になりますが、皆様におかれましては、どうか今のコロナ禍を過度に恐れることなく、熱いお風呂に浸かって、しっかり寝て、心健やかにお過ごしください。

それでは、またお会いできる日を楽しみにいたしております!

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